治療可能な認知症(treatable dementia)の代表とも言われているのが、慢性硬膜下血腫であります。頭を強く打った、転倒して頭にけがをしたなどが起きれば、誰もが脳に異変が生じていないか心配し、医療機関へ受診して検査、診断を受けます。しかし、頭部打撲や転倒が著しいものではなく、外傷もなければそのまま様子を見ることが多いと思います。
慢性硬膜下血腫は、頭部打撲や転倒で頭を打ったり、けがをしなくても、転んで尻もちをつくなど、頭とは関係の無い転倒の仕方でも、症状が出てくる可能性のある疾病であります。
慢性硬膜下血腫は、脳の表面にある≪架橋静脈≫が頭が揺さぶられた時に引っ張られて、脳の表面にごく少量の出血が起きることが、疾病の発症の原因となります。通常の健康な人であれば、出血が吸収されて消失することで、病変が生じる事も無く治癒するのですが、硬膜と脳との間に脳委縮によって隙間が大きい場合などでは、血腫が被膜におおわれるようになります。
硬膜下に生じた袋状の被膜に覆われた血腫は、被膜が血液を吸収する働きを持つと同時に、被膜自身の血管からの出血が持続的に起きていることにより、【吸収<出血】となった場合には、袋が時間経過と共に大きくなって行きます。血腫が徐々に大きくなって行くことで脳を圧迫するようになると、運動麻痺・歩行障害(片麻痺)や意識障害、認知症症状などが、受傷してから3週間~数ヶ月以内に慢性硬膜下血腫の症状として起きることになります。
慢性硬膜下血腫は、年間発生頻度は10万人に対して1~2人で、50歳以上の高齢者に多く見られます。軽微な頭部外傷が原因とされていますが、頭部外傷を負ったかどうか状況が明らかでない場合も10~30%あります。頭部外傷以外の原因としては、アルコール多飲、脳圧の低下、感染、動脈硬化、貧血などが考えられています。
≪慢性硬膜下血腫の発症要因≫
●大酒家
●脳の萎縮(頭蓋骨と脳との間に隙間が大きい)
●出血傾向、脳梗塞の予防薬(抗凝固剤)服用
●水頭症に対する短絡術などの術後
●透析
●がんの硬膜転移
など
硬膜下血腫の典型例では、受傷後の無症状の状況が数週間続いた後に、頭痛や嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状、片麻痺、しびれ、痙攣、失語症、認知症症状、意欲の低下といった様々な症状が生じます。高齢者では、潜在的脳委縮があるために、頭蓋内圧亢進症状が生じることは少なく、認知症症状などの精神症状、片麻痺などが症状として多く見られるとされています。
認知症高齢者に慢性硬膜下血腫が発症した場合には、症状の発現が認知症の悪化であるか、慢性硬膜下血腫の発症によるものなのかが区別しにくい点に注意が必要となります。10万人に1~2人という年間発生頻度と言われていますが、発症の仕組みを考えると数多くの≪架橋静脈≫からの出血が起きていると思われます。
認知症高齢者に認知症症状の急激な増悪が見られた場合には、慢性硬膜下血腫の可能性を考えて、速やかな医療機関への受診が必要であると思われます。慢性硬膜下血腫の発症であれば、速やかな診断・治療を受けることで、慢性硬膜下血腫は治療可能な認知症であることから、認知症の増悪が改善される可能性があると考えられます。
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