口腔は、いのちを保つために必須となる栄養摂取のために、摂食・咀嚼・嚥下機能を担う器官であります。口腔内環境を適切に保たれていないと、いのちを保つための食物や飲料による栄養摂取が困難になるだけでなく、口腔内のう歯、歯周病だけでなく、脳・心臓血管疾患、糖尿病、肺炎などの全身疾患の罹患と関連があることが認められています。
認知症高齢者は、認知症症状が生じる事によって、習慣化された口腔清掃がおろそかになったり、食べる意欲が低下して免疫力や抵抗力が衰えるなどの口腔ケアにかかわる問題が顕在化することになります。さらに、う歯や義歯の破損があっても気がつかなかったり、症状を訴えることが難しくなります。口腔ケアによって噛み合わせが安定することで、①栄養状態の向上、②自力での移動能力の向上、③転倒防止、④コミュニケーション能力改善、⑤季節や時間認識の改善などの効果が現れるとされています。
認知症の症状が進行すると、●長い間、口を開けることが困難になる、●本人の訴えが不明確になる、●診療台にじっとしていられない、●治療への理解、意思の疎通が低下する、●入れ歯を装着することを嫌がるなどの口腔ケアに対する難しさが見られるようになります。
口腔ケアを定期的に実施することによって、▼認知症の進行速度を抑える、▼食事がスムーズに出来る、▼誤嚥性肺炎やインフルエンザの罹患や入院を少なくする、▼施設内の匂いや利用者の口臭が少なくなる、▼入居者の表情が明るくなるという効果が見られたというグループホームが行った事業報告があります。また、口腔ケアと認知症の認知機能の低下抑制や誤嚥性肺炎予防については、≪有意な差≫が見られたという報告もあります。
口腔ケアは、必ずしも誰にでも心地よいものとは言えません。認知症状のある認知症高齢者にとっては、とても不快なものとして強く印象づけられるものであると考えられます。誤嚥性肺炎の発症因子として、【口腔機能の低下】、【意思疎通不可】、【歯磨き拒否】、【開口保持困難】などが示されています。
口腔ケアの難しさについて、誤嚥性肺炎の因子はそのまま当てはまると考えられます。その要因としては、≪信頼関係の欠如≫、≪過去の口腔清掃による不愉快な経験≫、≪口腔清掃時に生じる痛み≫などがあり、もっとも大きな要因は、≪患者が口腔ケアの必要性を理解できない≫ことにあると考えられます。
認知症高齢者の反応性が乏しくなったとしても感情は保持されており、快-不快の感情は、認知症が進行しても最後まで残存しているといわれており、如何に不快の感情を感じることなく、快の感情が感じられるような、認知症高齢者に添った口腔ケアを行うことを目指して、「認知症高齢者の心地よさに繋がる口腔ケア」の研究は行われました。
「認知症高齢者の心地よさに繋がる口腔ケア」の中で、心地よさについて、「心身に不安や苦痛がなく、気持ちが良いこと、あるいは不安や苦痛があってもその人なりに身体的・心理的・社会的側面において充実した状態であること」と定義されています。
そして、「入居者から『気持ちよかった』という発言や積極的な心地よい反応が見られる場面は多くなかった。しかし、拒否を示していた入居者がスムーズに口腔ケアを受け入れたり、ケア終了時には「ありがとう」と発言する場面が見られた」とされています。
認知症高齢者の場合には、心地よさが直接的な言葉で表されることは、疾病の症状のためにとても難しいと考えられますが、ケアに対しての態度や間接的な言葉によって表されるということがわかります。認知症高齢者の特性を理解しながら、心地よさを感じられるようなケアへの取り組みが、認知症の進行の遷延や抑止につながると考えられます。
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