「人は生まれて生きて死ぬだけ」と言われることがあります。虚無的な表現のように感じられますが、ひとつの真実を言い表していると思えます。
老化は、「成熟期以降、加齢ともに各臓器の機能あるいはそれらを統合する機能が低下し、個体の恒常性を維持することが不可能となり、ついには死に至る過程」と定義しますが、ヒトは誰もが老化に依って死に至るとは限りません。事故や自然災害、疾病など、死に至る原因は数多く存在し、そのために寿命が尽きる可能性は、老化の過程が現れる前に数限りなく起こ得ると考えられます。
日本人の≪平均寿命≫は、世界一であると言われていますが、老化と寿命を考えるに当たって、≪平均寿命≫の意味を改めて考えて見ました。≪平均寿命≫とは、「年齢ごとの死亡率の統計から割り出して零歳児の寿命を予想した数値。」(新明解国語辞典・三省堂)と定義されており、「平均」という言葉が使われているために、日本人の死亡年齢の平均を示したものと考えてしまいますが、死亡年齢の平均値では、平均寿命(寿命:人が生きている年月の長さ・新明解)は示すことは出来ない事がわかります。
平均寿命は、その年に生まれた人の半分が生きている、ヒトの生存数が死亡数と等値になる年齢を推計した結果を示すもので、統計的な平均値ではなく中央値が示されているように考えられます。平均値と中央値との関係は、中央値は、偏りの無い母集団では、平均値と一致しますが、偏りがある母集団では、平均値とは一致しません。偏りのある母集団では、平均値よりも中央値の方が母集団のプロフィールを現していると考えられています。
老化と寿命とは、とてもつながりが強いものと考えられますが、≪平均寿命≫は、人が生きている数の中央値(50パーセンタイル値)を示しています。統計的には、老化と寿命や平均寿命との相関関係があるとは、必ずしも言えないことがわかります。
ライフサイエンス分野では、遺伝性早老症の研究から、老化を制御している遺伝子と遺伝子の機能が解明されて来ています。老化モデルマウスを用いた研究からも老化形質と老化形質に影響を及ぼしている遺伝子の機能が解明されてきています。また、長寿命モデル動物で、寿命を制御する遺伝子も解明されています。
個体の老化と遺伝子、寿命と遺伝子との関係は明らかになるに従って、老化と寿命との関係が遺伝子によるものである事は推定されるものの、生物の老化や寿命、ヒトの老化や寿命が、必ずしも単一遺伝子の働きで定まるものではなく、多数の遺伝子や環境因子の関与を受けるものであるために、現時点では老化と寿命との関連性があるという事が完全に解明されるまでには至っていません。